チャペルアワー礼拝 クリスマス礼拝

 
第1部 礼拝

日 時: 2018年6月2日(土)14:00〜14:40
場 所:立教学院聖パウロ礼拝堂(立教新座チャペル)
 
司 会: 神津大介 副会長
出席者:41名
 

挨拶:小林 哲 会長

皆さま、本日はご多用のなかセントポール会チャペルアワーにご参加くださいまして

有難うございます。このチャペルアワーは日頃子どもたちが行っております礼拝を保護者の方にも体験していただくという事で、毎年行っております。礼拝終了後には、学友会の生徒たちの活動報告とJAZZ研究会のミニコンサートを行います。生徒たちの素晴らしい演奏をチャペルの雰囲気の中でお楽しみください。それでは、最後まで宜しくお願い致します。
 
挨拶:村上和夫 校長 
本日はお集まりいただき有り難うございました。また、日頃の活動にご協力いただき有難うございます。小林会長からありました通り、私たちの日ごろチャペルアワーを体験していただきます。私は48年前にここを卒業しましたが、何も変わっていません。この変わらないことが、実は礼拝のいいところでございます。今月、同窓会がありますがメインの行事はこの礼拝です。礼拝が変わらないこと、それを通じて私たちは自分を振り返る、ということは、生徒たちにはまだわからなくても、やがて大人になって同窓会に来るとその価値その有難さがわかるようになります。これが真のキリスト教の教育だと思います。それでは最後までよろしくお願いします。


 

司 式 :ベレク・スミス チャプレン
パイプオルガン奏者:永瀬真紀 先生
聖書朗読:ルカによる福音書10章25節〜37節
高校3年学年委員長 伊藤美和さん

 
奨 励:金山チャプレン
本日はセントポール会主催の立教新座中学校・高等学校のチャペルアワーにお越しくださいまして有難うございます。私は、この立教新座聖パウロ礼拝堂のチャプレンの金山昭夫と申します。着任して3年目になりますので、何度かこのチャペルアワー等でこの礼拝堂でお会いした方もおられると思いますが、初めての方もおられるかと思いますので、まずこの礼拝堂について少しお話をさせて下さい。よく、礼拝堂(チャペル)と教会(チャーチ)の違いについて尋ねられることが多いのですが、チャペルも教会もどなたがいらっしゃっても良い点や聖職者(チャプレン・牧師)がいて礼拝を行う点は同じなのですが、学校や病院、福祉施設、少し変わったところでは海外では軍隊にもチャペルがあり、そこにいる聖職者であるチャプレンがいたりします。いずれにせよ施設に付属することから、チャペルでの礼拝は通常の教会とは違う点もあります。例えば、学校であれば、学生や教職員を対象にした「チャペルアワー」があります。
今日は、皆さんのご子息がいつも参加している「チャペルアワー」を御体験いただきたいということでこのような時を持たせていただきました。この礼拝では毎月テーマを決めて、それに関係する聖書の箇所を読み、チャプレンからお話をさせていただきます。例えば、来月であれば、「キリスト教と人権」という観点からチャペルアワーが構成されていますが、本日は特別キリスト教教育の中心である「隣人愛」というテーマを取り上げさせていただきます。
 さて、まずは、この礼拝堂からご説明させていただきたいと思いますが、有名な現代建築の大家である、レーモンドが1963年に「立教高校聖パウロ礼拝堂」として建築されました。初めてご覧になった方は、不思議な形だと思われたかもしれません。独特な外観を持つこの礼拝堂には、建築家としてのレーモンドの強い意欲がつぎ込まれました。モチーフは、礼拝堂を「ノアの箱舟を模したもの」として、祭壇正面の内装や窓のガラスなどには海を思わせる青が使われており、2014年から使用されているパイプオルガンも珍しい青の塗装がなされています。窓は全部コンクリートに直接埋め込まれた色グラスで、原色をまばらに散らせてありますが、その意匠はレーモンドの妻のノエミによって施工されました。アーチ型の中に左右対称に埋め込まれた色ガラスのデザインは彼女によるものです。しかし、彼女は「人間のすることに完璧はない」という思いを込めて、一カ所だけ、ガラスの埋め込む場所を非対称にしました。入学オリエンテーションで新入生には、「この違いを探してみてください」と話しますが、すぐにわかる生徒もいれば、卒業直前に「やっと、わかりました!」という生徒もいます。
さて、今日、読まれました聖書の箇所は「善きサマリア人」という有名な話ですからどこかで聞かれた方もおられるかもしれません。しかし、このサマリア人ってどこの国の人?ということがわかる方は少ないと思います。クリスチャンでない方からすると聖書は西欧のものという先入観があると思いますが、聖書の舞台のほとんど、特にイエス様に関する部分は、現在、大変な戦争の起きているシリアの南、地図で言えば下側にあたる地域での出来事です。この、サマリアという地方はイエスの出身地であるガリラヤ地方と首都であるエルサレムの間に位置しており、元々はユダヤの一部だったのですが、紀元前722年にアッシリアに占領されたときの分割統治によって、占領国アッシリアが入植させた人と元々のユダヤ人が住むことになり、当然、その間で混血が生じることになりました。そこで、血統を重んじる生来の正統派ユダヤ人たちからは徹底的に忌み嫌われていた存在です。
一方で、祭司とレビ人というのは当時エルサレム神殿で宗教的祭儀にあたっていました。レビ人は祭司の補佐的な役割を果たしていた。
この譬えですが、おそらくイエスさまの時代にはこれと同じような事が実際あったのだと思われます。強盗も強盗に襲われた旅人も、祭司もレビ人も、一人のサマリア人以外はユダヤ人です。エルサレムからエリコに下ってゆく道はくねくねと曲がりくねっていて見通しが悪く、しばしば追い剥ぎが出没しました。祭司とレビ人はいずれも宗教家ですから、律法を厳密に守らなければならない立場にありました。エリコは「祭司の町」とも呼ばれ、祭司たちの住居がありました。彼らだっておそらく追い剥ぎに襲われた旅人を見て気の毒に思ったに違いありません。しかし彼らは、宗教的理由から、その傷ついた旅人を助けなかった。旧約聖書の律法には汚れたものに近寄ってはならないとあるからです。血を流しているものや死体などには近寄ってはならなかった。近寄ると一定の清めの期間は汚れてしまい宗教的な義務を果たすことができなってしまうと考えたのです。彼らはこのような理由から、二人とも一番遠い「道の向こう側を通って行った」のです。
そのように見てまいりますと、ここでは旧約聖書の律法を守ることと隣人を愛することが切り離されていることが分かります。律法遵守が優先されている。神を愛するということ(垂直方向における愛)と隣人を愛するということ(水平方向における愛)が分離されている。イエスさまはそこを問題とするのです。もちろん、最も大切なのは隣人愛であり、新約聖書では、イエス様は、この隣人愛の究極の実践としてこう教えます。『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』(ヨハネによる福音書15:13)、この教えに殉じて、隣人愛の実践として自らの命を差し出した宣教師やクリスチャンたちの働きがあってこそ、人口ではわずか1%に満たないにもかかわらず、キリスト教、わけても教育分野においての信頼を得ることができているのだと思います。暴走する機関車にたまたま乗客として乗ったクリスチャンの機関士がなんとか止めようとしてスピードを落とすことができたけれども最後のところで峠にさしかかってしまい自分の身を挺して乗客の命を救った実話や、青函連絡船「洞爺丸」事故の時に自分の救命胴衣を日本人の若者に渡して亡くなった宣教師のことを三浦綾子さんというクリスチャン作家が小説にしておられます。図書館にもありますので、お読みいただければ、キリスト教における隣人愛というものがどのようなものかという事をおわかりいただけると思います。特に前者の「塩狩峠」は映画にもなり、私もこの映画を見てクリスチャンに興味がわき、三浦さんの小説と出会ってクリスチャンになろうと決心した思い出の深い作品です。
学生たちにも、折に触れてこうしたお話をしているのですが、時には、彼らにどう伝わっているのか不安になることもあります。しかし、あるときこういうお話を聞きました。
非常にまじめで優秀なある学生が、珍しく遅刻をしてきた、それもずいぶん遅れてきたというのです。理由を聞くと、「駅でお年寄りが、ご自分の行く場所がわからなくなり困っておられたので、その場所まで案内して連れていってあげた」というのです。後ほど、その方からも学校にお礼の連絡があったそうですが、こうした話を聞くとき、チャプレンとしては一番うれしい気持ちになります。学校の規則である登校時刻はもちろん守らなくてはなりません。しかし、それらの規則や決まりよりも大切なことがあるということが伝わっていたことに感心しました。隣人愛とは、時には自分の不利益を顧みずに他者のために行動することができることであり、彼はまさにそれを体現したのです。
彼だけでなく、この立教新座中学校・高等学校の生徒たちはそのことをよく理解しています。時には、元気が良すぎて、羽目を外すようなこともありますけれども、その本質は本当に他者への思いやりにあふれた素晴らしい生徒たちです。
保護者の皆様には、このような素晴らしいご子息を私たちの学校に送ってくださったことを心から感謝致します。金山チャプレン

父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

聖歌516番「主の招く声が」
聖歌308番「賛美する喜びと」
聖歌407番「み神よ恵みを」

 
 
 

第2部 部活のコンサートについては 「チャペルアワー コンサート」のページをご覧ください。