クリスマス礼拝 クリスマス礼拝

 
第1部 クリスマス礼拝

日 時: 2019年12月14日(土)15:00〜15:50
場 所:立教学院聖パウロ礼拝堂(立教新座チャペル)
 
司 会:川俣 副会長
受 付:学年委員長 田中、中嶋、鈴木(真)、佐藤、白井
出席者:102名(内一般 6名)
 

会長挨拶:神津 会長
本日はクリスマス礼拝にご来場頂きまして誠に有難うございます。このクリスマス礼拝は、セントポール会にて年2回、日頃生徒達が授業で学んでおります礼拝を、保護者の皆様に体験して頂きたく開催をしております。このクリスマス礼拝は年間通して非常に良い時期に、良い雰囲気で行われます。日頃の喧騒を忘れてチャペルでのひと時をお楽しみ頂ければと思います。 また、礼拝後に第2部として、生徒たちによるオルガニスト・ギルド、ジャズ研究会の演奏等もございます。あわせて、こちらの方もお楽しみ頂ければと思います。本日は、宜しくお願い致します。

校長挨拶:佐藤忠博 校長
皆様こんにちは。本日はようこそ、立教新座中学校・高等学校のチャペルにお越し頂きまして有難うございます。クリスマスに皆様と一緒に礼拝をもつ、このような機会を作って下さいました、セントポール会の皆様にも感謝申し上げます。私は祖父が司祭つまり牧師だったものですから、小さいときから、クリスマスは基本的に教会に来るのが当たり前という風に思っていました。ただ、日本のクリスマスは教会で過ごすというのは、そんなに当たり前のことでないですね。せっかく立教新座中学校・高等学校にいらして頂きましたので、良い季節の良い雰囲気の中で、皆様とクリスマスをチャペルで一日過ごすことが出来ることを大変光栄に思いますし、これを機会に教会の良さを感じて頂けたらと思います。後半には、コンサートと生徒の発表がございますので、私もそれを楽しみに参りました。年に2回、皆様とチャペルで静かな時を過ごせることを有難く思います。宜しくお願い致します。
 
 

司 式 : ベレク チャプレン
聖書朗読: 田中たくみ さん(高校3年生)
中嶋恵実 さん(高校2年生)
鈴木真由美 さん(高校1年生)

 
奨 励:石田 チャプレン
クリスマスおめでとうございます。
私たちのクリスマス礼拝は、本来はこのように聖書を読み、聖歌を歌うという事が続いていきます。ですから、合唱の集いといいますが、歌を通してイエス様の誕生をお祝いするといいますか、そのような礼拝です。聖歌をいっしょに歌うということはとってもいいですね。一体感があります。
今日、このクリスマスに、家族がみんなで集まって、一緒にいるって、どんなに素晴らしいことか。立教新座も一つの家族です。ここにも、ひと時かもしれませんが、天国、神の結んだ家族があると思います。よく知っていると思っている人がお隣かもしれません。あるいは、ほぼ「初めまして」っていう方もお隣におられるかもしれません。これは、天国、神の家族、ここも家族、ここも家です。「いや、自分の家からここにやって来た」と思ってますでしょうけど、そして家に帰ったら家族が待っていると思っているでしょうけど、実は、ここに集められた私たちも家族です。大家族。いい仲間です。素晴らしい出会いです。信頼して、無条件に受け入れ合って、祈り合って、何かあったら助け合って、もう天国がここに来ているっていうような一つの家族になりたいと思います。クリスマスの一つのテーマは家族ということにあります。
聖書は、イエス・キリストの誕生の様子が書かれています。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。これは大変なことです。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心したとあるんですね。当時、結婚前に身ごもるということは、大罪です。ですから、罪人マリアは死刑になってもよいのです。生きていても、村八分というか、白い目で見られるというか、無視されるというかそんな人生を送らなければならないんですね。だから、夫ヨセフは、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心したのです。しかし、ヨセフは最後には、離縁していません。妻を迎え入れ、そして、その子をイエスと名付けたとあります。これが、いわゆる聖家族の誕生です。ヨセフは、マリアそしておなかの中にいるあかちゃんイエスと同じ人生を歩んでいくことを決意します。もともと他人ですからね、結婚前ですし、ヨセフはマリアと縁を切ってしまえば、全くの他人になるわけです。重荷を一緒に担う必要はありません。しかし、ヨセフは、マリアの罪人であるという白い眼を一緒に担っていくのです。
聖書では、さらに「マリアは月が満ちて初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」という箇所が出てきます。飼い葉おけとさらっと書いてありますが、赤ちゃんが、馬小屋で生まれて、飼い葉おけに寝かされているということです。後ろの人形、クリブというんですが、あれはその時の状況を示しています。これは異常です。馬小屋で生まれるんですよ。なぜ、こんなことがおこったのか。ヨセフはもともと正しいひとです。大工でお金も結構ありました、だから、宿屋にとまることはできたはずです。あるいは、この馬小屋はベツレヘムにあるんですね。ここは、住民登録のためにヨセフの生まれ故郷に来ているわけです。ですから、ここに、ヨセフの親族はたくさんいました。血のつながりのある人たちです。当時はいまよりもずっと血のつながりを大切にしました。ですから、親戚のだれかの家に泊まることができたはずです。これができない。無視されていたわけですね。おまえの泊まれる家はないということです。
このような状況のなかで、マリアとそして赤ちゃんイエスと一緒にいるヨセフ、これは奇跡です。前にもいいましたが、ヨセフはマリアともともと他人ですからね、ヨセフはマリアと縁を切ってしまえば、全くの他人になるわけです。しかし、ヨセフは、マリアの罪人であるという白い眼を一緒に担っていくのです。ここに、本当に奇跡の家族が生まれたわけです。ヨセフとマリアとイエス様のお始めになった神の家族、聖家族があるということ、だから、クリスマスというのは「おめでとう!」なのです。
こうして、このクリスマスに集まった私たちも聖家族です。恵みのひとときです。私たちの中に、もしも今、悩んでることがあるとか、恐れていることとかがあるなら、この家族で、お互いのために祈り合いましょう。家族に祈られるって安心ですよ。無条件で無償の家族の祈りが一番です。神様はそうしてこの家族を、出会いによって、だんだんだんだん、永遠なる天の家族として育ててるんです。ですから、お隣の方とほぼ「初めまして」という偶然の出会いのようでいても、あるいは、よく知っている間であったとしてもはじめは「初めまして」の偶然の出会いから始まったのですから、「この出会いは神が結んでくれた出会いなんだから、私たちには特別なつながりがあるんだ」と、そういう信頼に支えられて、今日を過ごしたいと思います。いうなれば天の家族の練習ですね。私たちはいつか、天国にいくわけですが、天国に行ったら、みんなホントに天の家族になります。
みんな神の子として天の国に迎えられるわけです。そして、神様が結ぶ最高の家族をちゃんと味わうんですけど、その家族になる練習を、今すでに始めてるんです。この世の家族は、天の家族のための準備の家族なんです。準備ですから、不完全でもあり、うまくいかないこともあるけれども、まだ完成してないんですから当然です。私たちの家族はまだ完成してない準備段階の家族なので、問題があります。それはそれで別に構わない。むしろ、問題があるからこそ完成形の天の家族に憧れるわけで、いいじゃないですか。これから素晴らしい家族をつくっていこうっていう、そんな希望にワクワクして、真っ暗な世の中かもしれませんが、その中に輝く光を信じて、ニコニコして、家族づくりをやっていく仲間になりたいと思います。
クリスマスには、人の愛を知って感謝し、また、人を愛して生きることの大切さを思う時です。そして、私たちがひとつとなって、聖家族のことを思うときです。
クリスマスおめでとうございます! この言葉をたくさん響かせていきたいと思います。

 
 
第2部 クリスマスコンサートについては 「クリスマスコンサート」のページをご覧ください。